2012年06月22日

必要な時に。

だいぶ前に「あぁ、なるほどなぁ」と
今更ながら感じた話しだが
定期健診と共にフィラリア検査や
肛門腺、爪切りなどもしてもらった時
診察を受けながら
斎藤工似の先生←(私の独断)と
ozma氏の気性についての話しになった。
先生曰く
「ozmaは全く、根に持たない子だねぇ」




「年に一度しか血液検査しないのに
それをしっかり覚えていて怯える子って
結構いるんだよ」

確かに、前回ozmaは爪切りをぶら下げたまま
になる位の大騒ぎしたけど
血管が細くて何度も針刺した時もあったけど
その場で被害を訴えるだけで終了し
今起きた被害をすっかり忘れるらしい。
獣医さんが大好きなんだよねぇ。
喜んで診察台に上がるのよねぇ。

でもね、獣医さんではないけど、
トラウマになった事もあるのよ?
これは絶対に自分の得にはならないと
肌で感じしまい過ぎた事に対しては
「行動」や「動作」という形で出来たとしても
「これは、納得してね〜よ」って顔をするのよ。
それを読み取ってあげないと大変な事になるのが、ozma氏なんだよなぁ。
だから、おもしろいんだけどね。

あと、犬の利き足について尋ねてみた。
左利きってあるかの質問に
「あると思うけどなんで?」
「ozmaは左回りしかしないし、
右回りは指示をしないとしないから」

「それは、左回りがしやすいからじゃないかな〜」

「でもね、左に付けて歩かせる練習に
お金も時間も掛けて来たんだけど
左に付けて歩かせるより、右に付けて歩かせる方が、よりこちらに集中してくれるんですよ」
「右耳が悪いんじゃないかと思う位に
左に付けて歩かせると聴こえない振りするんですよ。」
って獣医さんに言ってから
ハッと気がついた。
左に付けて歩かせる。
これは基本的なトレーニングの
「犬は左に付けて歩かせる」から
練習をして来ただけで
ozmaに取っての歩きやすさを全く無視して
来た方法なんだよね。
左右どちらでも歩く練習をしなさいと
初代の先生に言われていたから
両方やっていたけど
「ヒール(左付き)」はもちろん「行動」という形としては彼の身体の中にある。だが、
「サイド(右付き)」は
私と歩くのにも、自分にとっても
非常に「歩きやすい位置」であるという感覚が根強いからなんだろうな。

犬の中にあるトラウマや
感情を無視しての教則本通りはいかんな。
ガチガチな形で
「こうせないかんで〜」だけではなく
「これは、こうしても良い」
の方を教えてあげないといかんね。
それは、出来たら必ず褒めるとかとは
全然別物の意味なんだけどさ。

獣医さんの「それは、ozmaが回りやすいからじゃないかな〜」
貴重な教えでございました。
そうなんだよなぁ。
試験受けるわけでもないし
あくまでも私の相棒として
必要な時にだけ、その必要な事が出来る様に
教えて来たつもりの事が
いつの間にか
自分でも気がつかない内に
「良い子」「出来る子」だけを自慢したい
「他人の目線」を気にする飼主に
なりがちになるのよね。

全く違う解釈で考えれば判る。
「うちの子はいつだって良い子♪
いつも1番素敵な相棒じゃん。」
その気持ちを忘れそうになった時に
彼は必ず、私に注意信号を投げかけてくる。
「あんたがこのまま進むつもりなら
俺様も俺様になるで〜」

いわゆる「ヤッホー状態」
「ヤッホー、ヤッホー好きにしようっと」感じになりますな。








posted by OZOZ at 10:24| 千葉 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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